「機嫌」って全身に表れるよね の話 ~前編~

これは 否定的な話ではないし

あなたを 非難するための話でもないから

それを踏まえたうえで 読んでいってね

 

がっかりしている気分のとき

怒っているとき

辛いことがあったとき

悲しいことが起こったとき

うれしかったとき

喜んだとき

 

私たちは その気持ちを

外側に 滲ませるときがある

見た目に もうはっきりと 光っていたり

元気のない人になったりもする

 

そして 滲ませるどころか

『今日の私は疲れてますから!』

『朝から私 機嫌悪いからね!』

を すべての人に対し 言動でPRする人もいる

特に目下の相手 後輩やら 子どもやらに

それをやると パワハラだ

 

まあ 隠そうとしたところで 無理なこともある

『忍ぶれど 色に出にけり 我が恋は ものや思ふと 人の問うまで』

聞いたことあるかな? 百人一首の歌

たとえば 平安時代には もうこうして

「恋してることって なんか バレちゃうんだよなあ」って

歌われていたりするくらい 

自分の気持ちや機嫌の空気感って 

他者に 普通に 伝わることなのだ

 

で それを さらに表情や仕草 他者への言葉遣い ため息

あるいは肩を落とし続けたり 口角をひん曲げること などで

ことさらに伝えるのって 場合によっては まるで

私をいたわってよ!

私を大切に扱ってよ!

今日は 機嫌が よくない ダメなんだから と

積極的 あるいは控えめな振りして実は有無を言わさず

周りの人に 訴えてるって話にも ならないかな?

 

いや もちろん どうしようもないときはある

たとえば愛する人が亡くなったら

どんなに笑顔を作ってもそりゃ 無理だよ

そういう めちゃくちゃキツイときは 

当たり前な話 そんなこと考えなくていいんだけどさ

 

毎日の 自分のご機嫌を PRしていくことに意味を持たせて

他者に無言で要求してる人が コミュニケーション上で

痛々しさを感じさせること 確かにあるんだよね……

 

それをして 何がいけないのさ

と思う人もいるかな なら うん 逆にさ

会社の同僚とか ふだんそばにいる人に 毎日

『今日の私』を PRされたと想像してごらんよ

 

自分が 余裕あるときなら

どうしたのかな って 思いやりも持って 受け止められる

自分が平静なときにも

ああ なんか苦しそうだな と思える

自分が 辛いときには? 

うわ ごめんなさい

今日は私もこれ以上 辛くなれないわ と身を引かれる

怒りのときはこちらの状況に関係なく いつでも避けたくなるし

相手が暗さを表現していたら

自分がものすごくうれしい日なんかには 同様に

身を引きたくならないかい?

 

無言で 自分が 他者との距離を 相手に変えさせるんだよ

そうやって さ

 

他の人には 毎日 こんなに大変なこと 起こらないもの って?

いや それは本当かどうか わからないよね

大変なことを抱えていても それを出さない人も いるかもしれない

あなたが勝手に 他者を見てそう決めつけているだけで

自分から他者へは そういうPRをなるべくしないように と

心掛けている人も いると思えるよ

 

そしてそれは 他者に気を遣いすぎる場合もあれば

そんなPRしたって根本の問題の部分が 別に何も解決しないことを

ご本人が知っているって場合もあるだろう

 

前者はそれによって 自分をさらに疲れさせるし

後者は 自分の感情に集中しすぎたり 振り回されたりしないほうを

意識して 選択している人だということ

この2つは 見た目に同じ穏やかさでも

自分の内側に表れる結果が 全然 違ってくるよね

 

~次へつづく~

 

2015_02_15_1

Photo by {studiobeerhorst}-bbmarie
ID: 201112160800
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