もうひとつ 結果的に「何様?」になってしまうというお話

昨日の話に引き続き 「何様」系の話

真夜中の 毒舌かもね これ……

まあ 気づいたので 書いてみる

 

何よ なぜそんな イヤミみたいなことするの?

私が悪いって言うの!?

 

たとえば で 言ってみようかな 家族 友人 その他の関係でも

上記のセリフ 出ることがあるから

中身は 痛くても 当てはまるものに 置き換えてみてね

男性は 男性っぽいセリフに 言い直してみてね

 

今回は恋愛関係の 振った振られたで 説明してみるよ

 

あなたが 私に惚れたっていうのは(○○したのは)

あなたの勝手だったわけでしょ!

私がそれに 応えなくちゃいけない義務 ないわよ!

 

うん ここまでは まさに その通りだよ

で そのあと さらに さ

 

なのに 振られたからって 

恨み返ししてくるなんて!

 

えーと うん この部分がね 

自分のふるまいによって 意味 変わるのよ

 

あなたは 振られた相手を 別に恨んだりしないというなら

恨んでくる他者の心境を「理解はできない」場合があって

でもそれは まあ 相手の自由だから

私も自由に 振ることがあるのよ で済んだりする

 

でもたとえば 

あなたも今 振られた相手を 恨んでいる場合

 

振「られ」た 傷つけ「られ」た と 受動的に言い放ち

恨むことを「選んで」いる 

そのやり方 その方向を あなたが

見つめるって 決めているわけだよね

 

だったらその あなたが振った人も さ

あなたとまったく 同じことをしているだけじゃない

 

なぜ自分は やっているのに

他人がやったら怒るかな

 

それとも こういう発想かな?

私が惚れるのは まじめな気持ちで 悪いことじゃなくて

だから私をあんな振り方するなんて 相手が悪くて

 

私に対し 別の人が惚れるのは 

その別の人が 勘違いしたのであって 

あるいは いい加減な気持ちに違いなくて 

私のことなんてわかっていなくて 迷惑で

やっぱり その別の人が悪いのよ!

 

つまり 私はいつでも 「正しく」て

いつも 一生懸命で がんばってる 

なのに私はいつでも 被害に遭う!!

そういうことなの?

 

要するに 私の気持ちに従ってくれないと

他の人はいつでも 悪者で ひどくて

いつでも私は 被害者なの?

 

それ 自分を 認めてくれ 

自分に悪いことは絶対しないでくれ っていう

単なる願望だよね……

そして 悪く取っているのは あなただよね……

 

たとえば よ ヘンすぎて 気持ち悪いから 相手にしない

うん そういうこともありうるし そこはいいのよ 本当に

相性の問題だしね

 

でも だったら それによって相手が傷ついて

恨んでくることも 悲しいけれど ありえるのよ 

気持ち悪いだろうけれどね そこは相手の自由だから

 

じゃあ 相手にしない それを「選択した」のは 自分だから

自分が 自分の身を守ればいい って話

相手はすでに恨んでいるから 

責めたらよけい 怒りに変えられてしまうし

ひどく勘違いしてきて 通じない相手だったら 逃げる っていう話になる

 

でも もう一度言っておくね

私は他者を 恨んでも当然 という人は

間違いなく 他者からも 恨まれる確率は上がるよ

 

しかも 自分が自分を守る という発想を 持たない限り

単なる 自己中心的な「構ってちゃん」に思われても仕方ないよ

 

だって実際にあなた 自分のことを棚に上げてるわけだから ね

何様 って話に なり得ているからね

 

ね 設定が そもそもおかしい ってわかるかな?

自分のこと 大嫌いなのに  

結果的に自己中になっているって ヘンだよね?

 

それがね

自分を見捨てて 自分の代わりに他人に

自分のことを認めてもらおうとするという

依存型の人が 選ぶやり方なの

 

その設定自体のほうを 変えたほうが ラクだと思うんだけれどな……

他者を恨み 自分を嫌っていることを当然だと決めつけているから

こういうおかしなことにも なっていくんだけれどな……

 

なぜそこは 解きほぐしてみないのだろうね

 

2016_07_03_1

イヤだよね 裸の王様になってて 気づけないのって

Illustration by いらすとや

 

比較しているから、比較される

あなたが いつも誰かと誰か

何かと何か を比べては

「こっちのほうが いいに決まってるのよ!」

と押しつける クセがあるから

 

同じやり方で 他人から 押しつけられ

ときにはそれが

ほーら 私は こんなものを手に入れたわよ

どう うらやましいでしょう

と 自慢の形でも 返される

 

自分は 誰かと誰か 何かと何かを

比較して いつも採点しているのに

他人には

私のほうが 良いと思える部分だけで比較してほしいのに!

そうじゃないなら 比較しないでほしいのに!

って言い放ったり 懇願したり しているの

ねえ 自分のことを棚に上げ それどんな 命令だよ

 

比較されたくないなら

自分が 比較 やめようよ

 

なぜ比べるのか

なぜ 良いかどうか 正しいかどうか 私が どちらが と

そんな視点で 自分と他者を常に争わせるのか

 

違い

それを認められないのは 優劣つけるのが当たり前で

しかもだいたい 心の中で 自分を否定ばかりしてるからだよ

 

2016_07_02

 

Photo by steinchen
Pixabay

 

自分のためになる「解釈変更」練習方法

何日か吠えてしまったので

今日はお口直しに

この方の説明を紹介。

 

鬱になるのって

自分の解釈や信念が偏ってるよ、という

お知らせなのであって

実はそれだけの話だったなあ、と

私はね、感じている。

 

暗い気持ち方面のことは

自分で選んできていて、

自分で自分を振り回しているんだなあ、と。

 

だったら、一つ前の記事みたいなこと

私も吠えるなよ、という(笑)自戒もこめつつ、

そこを変えるために何をどう練習してみるといいか、を、

ご紹介してみます。

 

そう、クセになってしまっているからこそ、

何度も練習、必要なのです。

 

私ももっと自分を信頼して、

つまり「自分との信係関係」を

これからも練習していくほうがいいのだよ。

 

そしてそれは私に関わらず、

誰にでも許されていて

誰にだって練習できること。

 

自分にその機会をあげられるのは

自分しかいないのですよー。

 

誰もあなたの、貴重でユニークな存在である、あなたの

代わりにはなれないから、ね。

 

そのことに、どうか気づいていただけますように。

 

◎水野浩志さん
Facebook投稿 2016年6月15日

 

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Photo by Aaron Burden
Unsplash