木元見春 のすべての投稿

自分への言い訳

自分の 後ろめたさを

自分で抱え続けるのがイヤだから と

無理やり 言い訳をつくって

自分を納得させようとしてみたところで

 

それは逆に いつまでも尾を引く苦しみになっちゃうよ

 

だって それが無理している言い訳だと

自分でわかっているのだもの

全世界の人が その言い訳を信じても

自分にだけは ウソ つけないんだよ

 

だったら そんな無理矢理な言い訳を

何とか自分で信じようと努力するよりは

ははは 私ってまだまだ 器が小さいなあ と

開き直るほうが 少しはマシだよ

 

それ 開き直るようでいて

自分の弱さを受け入れるキッカケにも なるかもしれない

 

だってそのほうが 自分が 後ろめたさを感じなくてすむよね?

もし可能なら

まだまだだな そういう自分がいるなぁ

でもこのままでは自分のこと 残念に感じ続けるから

いずれはここから 抜け出せるようにしよう

そんなふうに思えたらいいね それは『逃げ』ではないからさ

 

すぐには 一変することができなくても

自分のこと 好きでいられるように

この後ろめたさを少しずつ ほかのものに変えていこう

 

そう捉えるほうが 明るい未来へ つながりやすいよ きっと

そしてそう捉えたほうが 本当に 変えていきやすくなるんだ

 

見ない振りをするのでもない

自分を責めるわけでもない

自分の弱い部分に 気づけたことは

自分にとって 良いことなのだ

 

その気づきを得られたことのほうを

今はまず 喜ぼう

 

そして少しだけ 自分の心の暗闇に

いつか ね 光を当ててみればいい

 

自分自身の後ろめたさは

そういうキッカケを得られる

貴重な体験なのだ

 

あなたは 自分で思っているよりは ずっとずっと

マシになれる人間だよ

それはやってみて初めて 気づいていける種類のものだよ

だから無理をしないで 受け入れてみよう 少しずつ

あなたがいつか 自分のために いい気づきを 得られますように……

 

 

 

違っていて いい 違っているからこそ すごい

今日2本目の 記事更新

先の話の 続きみたいなものを また書きたくなった 

長くなるけれど 分けずに書きたいので 許してほしい

 

前の話で私は

あなたも また素晴らしくて貴重な 一人である

と書いたけど これ 気休めじゃないんだ

 

個性があることは 本当に生物学的に 生きていくために 選ばれた仕組みなの

長い長い年月をかけて 生き物は

そういうふうに 変化してきた

遺伝子という仕組みを駆使してね

 

そして 人間はさらに 協働することで

自分たちを守る仕組みもつくっていったんだ

一人きりで 生きていたら 智恵も生まれなくて うまく生き延びられないから

知識を伝え合い 学び合い

よりすばらしくなるために 助け合うグループをつくっていったんだ

 

そのために声が発達して言葉になり 表現となり 文字までつくって

問題を解決し 智恵を広め合い 助け合う仕組みを持つことを選んだ

そしてそれを私たちが 社会と呼ぶようになったんだよ

 

協働するために 個性から生まれる違いをすり合わせするようにもなって

それを 折り合い というふうにも呼ぶようになった

 

いつの間にか私たちは その関係のなかで上下をつくって

自分のほうが優位に立とうとしたり 優れていると 示そうとしたりするけれど

他の動物たちは グループができたら混ざることもなくなるし

優位を示すのは グループを大切にするときに 代表だけが戦う

つまり縄張りを守るとき だけね

 

そして 個別に優位を競うのは 次の世代を生み 育てる時期 であって

24時間 365日 他より自分が優れていると

自分の仲間や 他のグループに アピールし続けることなんて ほとんどない

 

そして同じようにグループをつくる ライオンのような生き物は 

自分が上に立った途端に 自分以外の遺伝子を排除したりするけれど

それでは上手に生きていくのが難しいと判断した私たちの先祖は

社会という仕組みを 作り上げていったんだ

協調 協働する 生き延び方をね

 

なので私たちは 常に他者へも心を配るようにできている

確かに それは生きる上で必須の話であるんだけど

 

このとき大切なのは

自分を生かしつつ 他者をも手伝うっていう部分

自分も 他者も 大切にしていく必要があるところなんだよ

 

なのに過去の私みたいに やったあとの結果だけ気にしてたら

他人の目を意識することが行き過ぎてしまったら

やがては 自分のほうを 軽く扱いすぎるという事態が起こる

 

逆に 自分だけを守り 他者を軽く扱いすぎる人もいるよね

本当の一人きりでは 生ききれないのに

 

自分をより よく生かすための協調が

自分を貶めることになったり

他人を貶めることになったりしている

皆でともに生き延びるための智恵 そのための頭の働き のはずなのに

自分を あるいは他人を 何かの立場に陥れるための

作戦に変わってしまうんだ

 

協調を生むはずのものが 争いに変わり

優劣に変わり 力関係となる そうすると

違いがあるからこそ 適材適所で 自分に合う役目を果たしたほうがいいのに

あっちのほうが 楽だ

あっちのほうが 優れている

あっちのほうが 上手い生き方だ

そんな 結果ばかり気にして

そもそも協調できるという事実 協働が必要という事実を無視して

優劣争いだけの あるいは結果だけの 視点になるのだと思える

 

違いがある以上 もちろん相手とは 合う 合わないはあるよ

でもそれも 本当なら すり合わせする方法を一緒に工夫すればいい話で

お互いがそれを 知っていく必要があるんだ

どちらかだけがやる話ではないし

やったほうが偉いわけでもない

やらなくて楽をするほうが偉いわけでもない

 

その代わり 私たちは だからこそ

他者と気持ちが通じあったときに 温かい喜びを感じる

そういうふうに仕組みがもう できていると思えるんだ

 

やってあげてるのに ではない

協働に適材適所があって そのうちのひとつを

あなたは引き受ける そのチャレンジをしているということ

怖くても やってみなくちゃ わからない

 

楽して儲かるのが偉いわけでもない

楽に感じても 他者の役に立たなかったり

あるいは 誰かの犠牲の上に成立して

自分「だけ」がよいのであれば それはやはり いびつ なんだよ

 

自分と相手の気持ちを どちらもおもいはかることは

確かに難しいときもあるし 面倒くさいと思う人もいるだろうけれど

人間は そういうふうに できている

ただ そういうことなんだよ

 

話を少し 切り替えると

この 社会という世界(家族も一つの社会だ)で起こる

お互いの「ズレ」や「食い違い」を描くのが上手いのが

私は宮部みゆきさんの小説だと思っていてね

しかもそれはときにわざと「辛辣な描写」にもなっていて

その「痛さ」言ってしまえば「人のいやらしい面」を

わざとそのまま描き出したのが

『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』のシリーズだと 私は感じている

 

とくに『ペテロの葬列』は そうくるか! と思う流れがいっぱいで

その最後のほうなんて 怒る人続出かも と思ったら

案の定 Amazonの書評では 本を捨てた人も結構いるみたいで……

 

でもね これ すごく学びになるんだよ

もしこれが 自分だったら? だけでなく

自分が逆の立場だったら? 男女が逆だったら? 

自分の愛する人だったら? 入れ替わった立場だったとしたら?

距離のある人だったら?

って考え始めると うーん って唸らされちゃう

 

愛するがゆえに ゆがんだり 憎みすぎるがゆえに ゆがんだり

そういう相手のこと あるいは自分のこと 実は私も まだまだ

どちらかだけを「大事にし過ぎる」んじゃないかって 気づかされるのだ

 

また この前 漫画家の羽海野チカさんが

どうやって作品を創造しているかを紹介した

『3月のライオン おさらい読本 初級編』というのを読んでみた

そうしたらまあ 羽海野さんたら 全登場人物にそれぞれ 個別に憑依して

セリフや流れを 山のようなアイデアから絞りまくって描かれていて

ギリギリ入るまで 膨らんだモノをときに凝縮させたりもして

話を創っていく方らしい

 

そんな打ち込み方ができるのは 表現者のサガ だとも思えるのだけれど

めちゃくちゃ苦しくても めちゃくちゃ楽しくて

だからこそ 続けていられるのだし

しかも そこまで読み手に心を配るからこそ 

こちらに届くものも 大きいんだと思えた

 

直接の人間関係だけでなく そういう心の配り方もあるんだよね

そのために羽海野さん 入院までしちゃったそうなんだけど……

そこまで突き詰めるのは ある種の やはり「人としてのいびつさ」であり

だからこそ 天才と 呼ばれるんだろうな と思えて

こちらもまた うならされたのだ

 

自分と他人 両方を しっかり喜ばせても

そのためだけに 自分を延々 酷使したら

やっぱり人は 壊れるようにできている

それをやり続けるために さすがの羽海野さんも

連載ペースを 落とされたらしい……

 

何が言いたいかというと

こんなふうにも私たちは 自分と他人の「視点」を知ることができるよ

想像することができるんだよ っていう話

 

人のふり見て 我がふりを直せるのって

実はそれだけ脳が発達してて

脳だけでなく 心が 感受性が発達しているからこそ できることで

人間って すごいようにできているな

他者をおもいはかる仕組みを持っているんだなって 改めて思えるのだ

 

そして適材適所で お互いが楽しめたら そういう関係を作れたら

本当に幸せだよね と……

 

個性があるからこそ 尊くて

個性が強すぎたら 調整もして

でもその個性を 自分の分も 他人の分も

折り合えるように 大切にしていく

 

どちらかだけに 偏るのでなく

どちらかだけを 卑下するのでもなく

どっちも大事にするように そして適材適所になれるように と

私たちは すでに 仕組まれている

 

だから今 どちらかだけに偏っている人は

足りないほうを もっと大事にできるようにしたほうがいいと思える

自分の気持ちも 相手の気持ちも どちらも 

本当は大切で必要なんだよ 私たちには……

 

しかもね 適材適所になれるように

ならして平均的に まとめてしまうのでなく

個性だけをアピールするのでもなく

理解して 上手く使って

自分自身を 相手のことを 楽しんで見守れるようになってほしい

そのために いろいろなモノや出来事から

ヒントを得てほしいなと 願う

 

あなたの 他人とは違う部分も

また他人が あなたと違うということも

どちらも すごく上手につくられていった

私たちの 仕組みなのだ

身体の不調さえも やっとペースを落とせた羽海野さんのように

自分と相手のための 何かの新しいきっかけに なりうるのだから……

 

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GATAGフリー画像・写真素材集 4.0

 

『ペテロの葬列』
宮部みゆき 集英社 ¥1944(税込)
http://www.amazon.co.jp/dp/4087715329

 

『3月のライオン おさらい読本 初級編』
羽海野チカ 白泉社 ¥700
http://www.amazon.co.jp/dp/4592140028

 

 

自分を 痛めつけなくていいよ

アメーバなうでも ご紹介した

カウンセラーの衛藤さんの言葉から ふと 思いを馳せた

 

私の身体は 遠い遠い昔 

どこかの星が寿命を迎えて 粉々になって

それらが漂ううちに 地球という星になって 

その欠片で つくられている

 

私の身体は 熱いときには 毛穴を開き 水分を蒸発させ

体温を下げようとしてくれる

寒いときには 鳥肌になるくらいにまで 毛穴を閉じ

熱を保とうと してくれる

 

悪い菌が入ってきたら それを消滅させるための細胞が働き

古い骨や肉は 新しい細胞に置き換えられ

血をめぐらせ 酸素を取り入れ

古い細胞は集めて濾して まとめて

それらを定期的に 排出してくれる

 

身体は 常に 私をできるだけ元気に 生かそうとしてくれている

 

本当に 危険な目に遭ったとき

たとえば 日本では普通 あり得ないけれど 

道でライオンに巡り会ったりして 緊張がすごく高まると

その瞬間 身体は逃げて生き延びるために緊急体制へと突入し

食べ物の消化活動さえ 止まることもあるという

必要な成分を 常に体内に蓄え

食べ物が入らないときは その蓄えを使い

何とかして バランスを保とうとしてくれる

 

それを私たちは忘れて 食べ過ぎてみては 太ったとダイエットし

身体の機能そのものを 無茶させるために使う

鬱だって 何らかの過度な負荷が掛かり過ぎ続けたからこそ

脳が生き延びようとするあまり

過剰反応のようになり 

普通でない働きが 起こるのだという

 

しかもね

何かをするとき 私の身体の細胞は

協調してそれに付き合ってくれる

リンゴを食べたいと思えば 腕を伸ばしてリンゴをつかみ

手を動かして 皮をむき

口を動かして 飲み込みやすい大きさにまで砕き

味を 食感を 香りを感じながら飲み込み

それを 働くためのさまざまなものにまた 変えてくれるのだ

それは私が 岩のような物質 ではなく 

命を持った生き物だからこそ できることだ

 

何かをしようとすること

それ自体 すごいんだよね

そうやって身体を動かすということ

意志に沿って 何かをする ということ

それ自体が 仕組みからして すごい話で

尊くて 貴重なことなんだよ

 

なのに私は昔 することよりも

やったあとの結果 だけを気にして

しかも周りの人からの反応 を気にして

そっちばっかり 見つめていた

 

思い通りに動いてくれる 自分という存在のことは 

軽く扱って ないがしろにしてたんだ

何かをしようと思えたこと また やったという事実は 軽く扱ってさ

いつも 結果として起こること しか 見なかった

 

結局 それで 身体に過剰反応まで起こさせて

自分の細胞たちに 無理をさせ続けて

鬱に なった

 

そもそも 私の身体の細胞たちが すごいんだよ

そういう仕組みをつくった 命というもの それ自体がすでに すごいんだ

結果なんて そのときの話でしかないし

仕組みが すでにその時点で素晴らしいんだ

 

なぜ そこに私は 勝ち負けのような

競い合いのような価値観を 組み込まなくちゃいけなかったんだろう?

 

人はみんな 一人ひとり 素晴らしい仕組みを持っていて

しかも 違いをうまく使って 協調していくためにこそ 

個性溢れる この仕組みを個別に 持つことができているそうだよ……

 

なのに なぜ 私は自分と他人に 優劣をつけていたんだろう?

なぜ他者より立派でありたかったんだろう?

皆 違うからこそ すごくて

違っていても 一人ひとり 90兆個の細胞が働く仕組みを持っていて 

自分を含む全員が 素晴らしい存在なのに

 

いったい私は

何を 争わなくちゃ いけないんだろう?

 

協調 協働 するからこそ 身体も 私たちも

それぞれに素晴らしいんだ それでよかったんだよ

 

やったあとの結果より やれたことそのものが 

もう 奇跡みたいに すごいんだ

 

だから ねえ これ以上 そんなにも 自分を痛めつけないでね

私も 自分という仕組みのすごさを 

噛みしめながら ありがたいと感じながら

生きていこうと 思うんだ

 

何かをする 何かをしたいと思う

したいと思っているのに動けないこと は決して 悪いわけではない

そんな複雑なことまで考えていられること自体が

そもそも もう すごいことなんだよ?

 

悩むことのできる 今のその 自分のすごさを

まさに今 この瞬間に

もう一度 味わってみてほしいと願う

 

美しい花も 素晴らしいけれど

それと同じくらい 

どんな瞬間のあなたも 常に 素晴らしいのだから

冬に葉を落として丸裸になっても

それは 次の成長のための準備に過ぎない

そんな 木々と 同じように

あなたの 今の苦しみもまた

そうやって立ち止まることで 次につながるよ

今はそう思えなくてもいつか あなたがそれを望みさえすれば ね

あなたは 花や動物や他者にだって 親切や愛を示せるのだから……

 

だから それ以上 自分を痛めつける必要はないよ

あなたは今 もうすでに 素晴らしい存在だよ……

 

最後に ひとつ 言葉を追加しておくね

そうできたらいいなと 本当にいいなと思えた 本のなかの言葉

 

「今から私はすべての人を愛そう。

今この瞬間から、憎しみを私のすべての血管から追い払おう。

なぜならば、私には憎んでいる時間はないからだ。

愛するためだけに時間を使いたい。」

ーオグ・マンディーノ

(『世界最強の商人』角川文庫 P102より)

 

いずれお迎えは 必ず来る

限られた時間を生きる私たちだからこそ

この言葉を 贈るね

そしてもちろん この愛という仕組みは

自分に向けても 使っていくものだよ……

 

衛藤さん ブログ

◎衛藤信之のひとりごと
『星の子。』
http://ameblo.jp/n-etoh/entry-11961219365.html

オグ・マンディーノ『世界最強の商人』
角川文庫 ¥562(税込)
http://ow.ly/3v3vS8

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