思いつかないときには

鬱になって、自分の将来が不安で、どうなるかわからない、なんてときには

考えても考えても、「いい答え」なんて出てこないだろう。

でも、身体は重いし、動く気力もない。実際には、ぼーっとしてしまう。

それだけでもう、焦ったり、さらに不安になったりする人も多いと思う。

そんなときはたぶん、考えるな! と自分に言い聞かせても、ムダ。

「考えるな」「考えるな」って思うこと自体がすでに「考えてる」ことになるし(笑)、

それを繰り返すことによって出てくるのはまた「罪悪感」だけになる。

あのね、今はどうしたって、無理なの。

心が、複雑骨折してるんだもの。

それによって気力も萎えちゃってて、ヤル気も出ないから、身体が動かせない。

複雑骨折してることを反省しても、どんなに反省し続けても、治すまでにはある程度の時間が必要で、

反省したからって、あるいは反骨精神を掲げたからって、その時間が短くなるか、と言えば、そうとは限らない。

そこに至るまでの過程は千差万別で、本当にたくさんの、複雑な要素が絡んでいるはず。

それほど大変だったからこそ、あなたは、落ち込んでしまったのだ。

そこから、今のこの状況から、抜け出したいよね? 変わりたいんだよね?

そこに至るまで、大変だったよね? 私。

ならば、大変だったことを認めて、自分のことをよしよし、っていたわってあげるほうが、

心と身体にはよっぽど効き目があるんだよ。

好きな音楽や本や映像を楽しんで、緑の葉っぱや雨や地面を感じてみるほうが、

「ダメ」「ダメ」って繰り返すより、ずっとましだよ。

何も思いつかないときは、もしかしてまだ「思いつきたくない」のかもしれない。

思いついたところで動けなければ、また、自分を責めるだけだから。

ちょうどいいタイミングを、知らない間に、自分ではかっているのかもしれない。

だから、思いつかないときには、グルグル考え続けるのをやめよう。

毎日を、最低限、やれることだけやって、あとは心地よいと感じる時間をつくって、

淡々と、過ごしてみよう。

そのうち、答えは見つかるからさ。

バキッと切り替えできるような、パーフェクトな解答が見つかる人は少ないかもしれないけれど、

あなたの中から、「わらしべ長者」のように少しずつ、良い方向へ進めるものが現れてくる。

ひとつずつ、一歩ずつ、良い方向へ、自覚しながらゆっくり歩んでいければ、

それは「自信」を持てる回数が、より多くつくれる、ってことでもあるから、

ちょっとずつ、でいいんだよ、本当に。

思いつかないときに、「思いつかない自分」を責めるのだけは、もうやめよう。

梅雨のような雨続きの暗い日々だって、のちに収穫を得るためには、とても大切なのだから。

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