目指すもの

まず先に、一言、お詫びします。

昨日のブログで、ワザと説明を省いて

言葉を記したところが2ヵ所、あります。

ひとつは、

外側の光の服を脱いだとき普通の人に「成り下がる」

と書いた部分、

もうひとつは、思いやりや愛、についての説明でした。

なぜ、成り下がると(カギ括弧をつけてはいますが)

書きっぱなしにしたか。

それは、光の服が大好きな人ほど、この言葉を強く感じて

ドキッとされるだろうと思えたからです。

周りが、というよりご本人が一番、そう感じておられるのです。

恐れとして。

それを、意識して欲しかったのです。

なので、憤慨された方がいたら、どうぞお許しください。

思いやりのほうは、今日の話に回したかったので、

これまたあえて、あっさり書いてそのままにした次第です。

こちらも、言うのは簡単だよ! と思われた方がいたらすみません。

さて、本題。

成り下がる、ことと思いやり。

この2つは、結構リンクしているように、私には思える。

実例を挙げながら、話していこう。

私の知り合いに、ある程度都会的なところから、

田舎の里山にご家族で引っ越しされた方がいる。

まったくの無関係な土地ではなく、親族の旧家のようなところ。

だが、兄弟など直接的な知り合いがいるわけではない土地。

自然の豊かなその場所で、早めにセカンドライフを楽しもうと、

移住されたのである。

が、しかし。

その里山には、問題のあるお爺さんが住んでいた。

その土地の、昔の名士……まあ、権力者だったらしい人(地主か、

地方議員も少しやってたか、そんな話?)で、引退されてからも、

その土地を守ろうと「大義名分」上は考えていたらしい。

知人のご家族は、なぜか彼に敵意をもたれてしまった。

たぶん、彼を敬うような行動を、最初の頃に

知人たちが取らなかったからだとは推測されるが、

そんなの引っ越し後、いきなりわかるはずがない。

しかもそうなるまでの期間はあっという間であり、

彼を知り、話し合う余地も時間もなかったそうなのだ。

まあそういう感じで、お爺さんからの敵視が始まった。

で、このお爺さんは何をしたか。

車の中から、毎日に近い頻度で知人宅を監視したり、

ときには嫌がらせとして、ガラス破片などを

知人の家の前にばらまいたりしたのだ。

やってることは、ほぼストーカー行為に近い。

でも、彼の表面上の意識は、この不審な新参者が

村に悪影響を及ぼさないよう、俺が見張って守らなければ、

という正義である。

そして心の奥底で求めているのは、

俺はこの村の、光輝く名士なのだ!

昔からの住民は皆、それを知っているから

俺を敬っている!(事実は単なる「触らぬ神に祟りナシ」の扱い)、

だからお前達も、俺の威光にひれ伏すべきなのだ!

という、ふんぞり返った傲慢さである。

彼にひれ伏さないから、相手に罰を与えていたのだ。

彼が若き頃、この町を守ろうと最初に決意したときは、

確かに、夢に燃えたかもしれない。

この村を、よくしていこうと。そしていろいろ頑張って、

感謝されることも、もしかしたらあったかもしれない。

彼は、その光輝く服を、たいそう気に入ったのだ。

その立場を退いてからも、村の長老的役目を

果たしたかったのかもしれないのだが。

残念なことにその対立は、彼が亡くなるまで解けなかった。

知人も、周囲の人の及び腰を残念に思いつつ、

自分たちに味方することで実際、その方々にも

迷惑がかかる可能性が高かったため、あきらめた。

あまりにひどい場合には苦情も伝えたりしたが、

基本的には、相手にしないという方法を選んだ。

そこで暮らして生きたかったから。

とても好ましい自然がある土地だったから。

そのお爺さんが亡くなった年、初めて、知人は、その里山の秋の美しさに

心から見とれたそうだ。こんなに美しいとは知らなかった、と。

それほど、緊張の日々だったのだ。

私は知人の気持ちのほうがよりわかるため、

個人的には、こう書きたくはないのだが、

ここから先は、あえて冷静に書いていく。

訳のわからないうちに敵視され、ストーカー的な行為をされたら、

その相手と冷静に話し合い、和解を目指そうと

努力し続けることは難しい。

知人たちも何度か、落ち着いた話し合いにチャレンジして

あきらめたらしいのだが、それはもう、そうなっても

仕方のない話だ。

だからその部分では悲しい、と思う。

ただそれでも、お爺さん、腹を割って話し合いしませんか、

という方向へ、何かをきっかけとして持っていくことは、

本当にまったく、できなかっただろうのだろうか、と。

相手に立ち向かうのではない、苦情を言うだけではない視点。

憐れみ、と書くと語弊があるかもしれないが、

お爺さんの悲しさをひも解く方向。

ホンモノのストーカーにもしそれをやったら、愛情が絡むから

さらに誤解を生む危険もあり、絶対に止めてほしいのだが、

この場合は、そのような視点から働きかけられる可能性は

0パーセントだったのだろうか、とも思うのだ。

現実的には、とても厳しい話だとわかっている。

わかっているから、視点の話として書いている。

実際に直接、お爺さんにやらなくてもいい。

時が経ってから、そのように考えてみることで心が落ち着くのであれば、

いかがでしょう、という提案レベルの話。

たぶん、慈悲、という言葉を使うのが、イメージとしては

一番伝わりやすいかと思う。

そしてお爺さんのほうには。

外側の服を保ちたければ、内面から光を放つことで、

自然に人は、信頼と感謝を寄せてくれるのだということを、

知る機会はなかったのだろうかと。

見張っている時間があるのなら、道で困っている人を探して

淡々と普通に手助けすることだって、できたと思う。

過去の、外側の光の服の思い出に、そんな思いやりがプラスされれば、

あんなに立派で思いやりのある人だからこそ、

やはり名士にふさわしいと、人々は受け止めてくれただろう。

ある意味、最強である。

それはまた、周囲の人も感化していく状況を生み出し、

まさに住民の暮らしやすさ、村の暮らしの向上にもつながっただろう。

そんなチャンスがあったのに、彼は見向きもしなかった。

もちろん、名誉目的の計算された思いやりは、

すぐバケの皮がはがれるから(それをやると名誉どころか、

信用が地に堕ちるだろう)、やめたほうがいい。

でも単純に、発すれば気持ちよく、返ってくればうれしいことを、

お爺さんがみすみす見逃したのはとてもとても、残念である。

今日はこの実例だけで話を終える。

何を受け止められるかは、人によってさまざまだと思うが、

この実例を知ったうえで、自分と、自分の周囲を一度、

見つめ直してみてほしいと願う。

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