仕事でもないし
お金でもないし
家庭でもないし
彼氏や彼女でもない。
そんな外側のことじゃないよ。
たとえ話をしてみようか。
今、目の前にヨチヨチと歩いてる
人がいました。
子供でも、老人でも、弱ってる人でもいいよ。
うまく歩けなくて、その人が転びました。
そのとき、たまたま通りかかった人が
「うまく歩けないのね」
と言いました。
その評価を聞いて、
あるいは、その人が転んだのを見て、
「なぜそこで転ぶんだよ!」
と怒り、その人を平手打ちで
張り飛ばす人が、果たしているだろうか?
他者からうまくいかないことを指摘されたから、と、
上手にできないからと、
歩いてる人を殴る人がいたら
その人のほうがおかしいことは、わかるよね?
自分を否定する人は
これを、自分に対して、やっている。
うまく歩けないから、おまえのこと、
嫌いなんだ! と、張り飛ばしてる。
弱ってる自分を、自分で殴ってる。
そんな条件づけ自体が、必要ないのよ。
うまく歩けたら、自分をゆるしてあげる。
そんな理由づけ、そもそも、いらないのだ。
うまくいかなければ張り飛ばす。そんな必要もない。
うまくいこうが、いくまいが
まず最初に、何の条件も理由もなく
自分をゆるして、好きになってあげていい。
そこからやっと、ものごとが、はじまる。
他人が、弱っている人の転んでるところを見たとして、
その他人が「転ぶからこの人ダメ」と全否定するだろうか?
普通は、だいじょうぶですか、と
駆け寄るよね。
駆け寄らないで素通りしたとしても、
全否定はしないよね。
なのにあなただけが、
ほら、転んだって言われた!
ダメだと言われた!
否定された!
だから私はダメなんだ! と捉えてる。
自分に対する認識、捉え方、
そこを、もう、変えようよ。
そんな評価つき、条件つきの
捉え方、やめようよ。
弱ってる自分がいること、認めてあげて、
まずは、いたわってあげようよ。
弱ってるのに、なかなかうまくいかないのに、
歩くチャレンジしてるね、エラいね、って。
そこをまず、変えていいんだよ。