カテゴリー別アーカイブ: 生きるか、死ぬか。

だいじょうぶだよ(再びの……お節介野郎)

だいじょうぶだよ。

そこから、出ておいで。

 

その場所から動かなければ、

誰かを傷つけたり、逆に

傷つけられたりすることはないだろうけれど。

 

ぐるぐるめぐる、同じ思考パターンから、

抜け出しにくくはなるかもね。

そして自分自身のことは、そのパターンのなかで、

傷つけ続けてしまう可能性だってある。

 

すると自分の心の奥のほうにいる、

震えて、何かにおびえている小さな自分を見つけるのは、

難しくなるのかも……。

 

奥のほうの小さい自分を

ぎゅっと抱きしめてあげながら、

一緒にその場所から一歩、

あなたが踏み出してみてもいいんだよ。

 

世界は、確かに未知だから、

こわいときも、あるかもしれない。

けれど、その一方でまた確かに、

素晴らしいところでもあるのだから。

 

その素晴らしいところに必ずある、

あなたの輝きが、

あなた自身に見つけてもらうのを待ってるよ。

 

だから、だいじょうぶ。

また少し勇気が出てきたら、

小さなあなたと一緒に……

 

そこから、出ておいで。

 

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Photo by JonWestra
ID:201403240500
GATAG フリー画像・写真素材集 4.0

 

書くことは……整理でもある

ブログという『誰かが読みにくるかもしれない』場所で文章を綴ることは、

今の自分を客観視するきっかけにつながるときがある。

 

いろいろな人が読みに来て、自分が感じることを

いろいろな立場から、意見として述べてくれる可能性がある場、でもあるから

(実際に意見を書くかどうかは、読む方の自由だ)、

意見や感想やいいね、が来ればその内容から他者を知り

全く何もつかないとき、あるいは宣伝コメントなどは、

それで自分がどう感じるか、ということを、見つめられたりもする。

そうしたことからまた学べたりもするし、

自分のことを、もう少し知ることにもなる。

 

確かに、ご自身の問題を、投げかけてこられる方もいる。

でも、それは本当に「その方の抱えておられる問題」であって、

こちらが『魔法の杖』を振るうことは決してできない。

今の苦しみを乗り越えるパワーを持っておられるのは、

あくまで、その方自身であられるから。

これについては、私はもう、信じている、というか、

たくさん肌で感じさせていただけている、このブログという場によって。

 

いつ、どのようなきっかけで、それをつかまれるかは、

そのときになってからわかることだし、

その人自身にしか、わからないだろう。

 

そういう、関わり、というものの在り方を知ることができるのも、

この「ブログという場が持つ力」なのだと、今の私には思えている。

 

だから、どう受け止められるか、よりも、

自分が今は、何を書きたいかを見つめる場としても、

使っていいのだと思う。

そこから何を「感じる」かは、読む方にお任せして。

 

願わくば、そこで感じた何かを、

よいきっかけにしてくださることを、祈りながら。

 

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Photo by Unsplash
Pixabay

 

自分の内側に『生じる感覚』に従ってみる ~その3~

今回の記事、その1・その2はこちらからどうぞ。

◎その1
http://miharu.feeling.jp/?p=2773

◎その2
http://miharu.feeling.jp/?p=2777

 

で、大事なのは、外側からの、その感覚みたいなものを、

自分が『どう受け止めたか』。それをまた、モヤモヤ感とか、

清々しい感覚、温かい感じ、などで、きちんと自覚してみること、なんだよね。

理屈とか理由とか、そういうところでない部分での、自分の「感覚」を知ること。

 

あるいは自発的にやる、自分から動く場合も、どんな感覚を優先して、

あるいは想像予測映像を持って(期待して、心配して)、動いているか知る。

 

不安から、おそれから、義務感から、自分が動くときって、

自分の中に、明るい方面の感覚、湧いてこないよ。

ギリギリしてる感じのもの、黒い、暗い感じ、重たい感覚のもの。

だからこそそのとき、自分に言い聞かせなくちゃいけなくなるのよ、

何らかの「大義名分」を。

「ダメ、○○であるべきでしょ!」って、

わざわざ自分を叱咤しなくちゃいけない。

楽しければ、想像しただけで素直にうれしくなるもの、自分が。

 

これ、家の掃除ひとつとっても、応用できるよね。

きれいになったあとの爽快感を想像して、やることに決めるのと、

やってる間の「面倒くささ」、重たい感じを想像するのとでは、

動き出し具合も変わる。

で、自分がやらないと、自分で爽快感、受け取れないんだよね。

他者に期待しても、受け取れないことがある。

 

何を大事に扱うことにするか。さっきの電車の話なら、

周囲の気配を想像することから湧き上がってくる、

自分の黒い感覚のほうを大切にするのか。

席を譲ってみる、という、温かい感じを、自分が使ってみるか。

 

しかも使ってみた結果。

必ずあとから! もしかして相手の笑顔と感謝が返ってきて、

温かい気配、の交流が起こって、自分も相手も、周囲の人も、

結果的に外側からホンワカしたものを受け取って、

そのままダイレクトに自分の中に、もっと温かいものが湧くかもしれないのだ。

 

掃除も終わった「あと」でやっと、爽快感が生まれるんだよね。

お風呂も、入り終わって外に出た、その

いちばん最後が、いちばん清々しい感じになれる。

 

わかるかな? 想像したものを想像通りに受け取れるかどうか、

事前に予測しても「そうならない」ことはある。

でも、やるまで結果は、わからない。

 

ならば理由がどうこう、でなく、どの感覚を大切にするか、で選んでみよう。

やった結果、疲弊して、自分が暗い黒いものだけを受け止める感じがするなら、

自分にとって今は、あるいはそもそも、やらなくちゃいけないこと、ではないのよ。

 

えー? じゃあ、仕事とか勉強とか家事、今、イヤだけど?

という人は、やらなければあとで自分が、

どんな感覚を内側に湧かせることになるかを、

素直に捉えてみればいい。

勲章みたいなものを周囲からもらって、鼻高々になる絵を期待するなら、

うん、別にやらなくていいよ。そんなの、その通りになるとは限らない。

 

勉強することで、広がる可能性を想像できるなら、

その可能性のワクワク感を、いちばん大切に扱えばいい。

ならばそのためにやるのは、今、なのだ、林さんじゃないけど(^◇^;)

 

他の感覚より、なるべく明るいものを選ぶ。

暗い方向にしか感覚を持てないことは、今はやめる。

明るいものでも、どうしても選べないときは、

自分がかなり疲れているとか、パワーがないんだな、って、自覚する。

それなら今は何より、自分にパワーを充填するほうが先。

情けない自分に正直でいよう、って、昨日書いたのは、この部分のことだ。

 

面倒くさい、という黒いもののほうを自分が優先してみる。そのときは、

ちゃんとその内側の感覚も単純に自覚してから、優先させよう。

その「あと」で起こる不快感、だるさ、それらから湧く身体的感覚も

自分が選んだんだってこと、きちんと踏まえておこう。

だって、今はパワー、足りないもの。仕方ないのよ。

 

なのにそこでまた、グジグジ自分を責めたりして、

身体的感覚で、苦々しい方面のものを選び続けると、

自分のパワー、漏れっぱなしになるよ。ダラダラ使う一方。

 

本当に疲れてるなら、わざわざイヤな想像ばかり繰り返して漏らさないでいいよ。

想像すること自体やめよう。パワーを大切にしてあげよう。

 

そして、最初のほうの話に戻るけれど、信念、観念だけから動くと、

明るい方面の身体的感覚、自分の中に、なかなか湧かないから、

そのときは、自分のその『信念』自体を、実は疑ってみていいよ。

その「こうあるべき」の思い込みこそが、

あなたのパワーの無駄遣いになってるかもしれない。

 

これ、理想とかで自分を追い込む人には効果あると思う。

美しいあり方、素晴らしい出来具合みたいな部分を求めているとき、

自分が本当に目指しているものを見分けられるから。

勉強とか成績とか、性格、心がけ、達成感、に対して冷静になれる。

 

たとえば、単純に、痩せてきれいになることで、何を得ようとしているのか、

本当に感覚のほうで、捉え直してみて。

他者からの勲章、自分への勲章なら、結局、続かないからさ、それ。

勲章的な栄誉を受け取って、鼻高々。認められたその瞬間だけ、明るい感覚。

はい、そこでおしまい……にならないで済む? 

たまたま勲章「も」得た、そのあとで、まだまだ自分なりの

ワクワク感、続けていけるかどうかを、感じてみるといいよ。

 

あと、ふだんはともかく、たまに自分が相手から暗い黒いものを何かしら、

「感覚」として受け取る場合、その人に対しては

いきなり近づきすぎるのでなく、しばらく様子をみよう。

自分が受け取る感覚のほうを、まずは信じようよ。

すると何を、なぜ受け取るのか、観察できるようになるから、結果的に、

相手のことも、自分が大切にしているものも、いろいろ見つけられるようになるよ。

 

どうか、あなたがいつか。

思い込み過ぎた信念、観念のほうにも着手できるよう、

まずはフラットになって、身体的感覚を、捉えてくださいますように。

ホカホカ、ホワホワ、トロトロ、

サッパリ、すっきり、さわやか、

キラキラ、ワクワク、ドキドキ。

明るい感じになれるほうを、自分が優先して、

あるいはそれを、いちばん大切に、目的にもしてみてください。

 

それは使いながら充填もできる、自分をうれしくできるもの。

自分でもいっぱい、受け取れる方向のもの。

だから静かに、心から、

私はあなたがその方向を見てくださることを願いますm(_ _)m☆

 

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